2020-6-11

仕事柄、Facebookをつかったやり取りが発生することがある。個人的にFacebookは全く好きではないので、その画面を開くときに少しのためらいと、深いため息が伴うことになる。数年周期で人間関係が移り変わる私にとって、その堆積たるFBは目をそらしたいようなサービスの一つだ。それにしても人間関係ってよくわからない言葉ですね、ここは今うまく言語化できないけれど、人間関係ってタイピングしていて鳥肌が立ちました。アンチ人間関係。

FBを仕事の都合上開いたという話。そう、それでね、「知り合いかも?(友だちかも?だったかも、覚えていないし、今開きたくない)」の欄に確かに知っている名前が出ていたので思わずクリックをしてしまいました。中学の時のクラスメイトだったか、ただの同学年の人だったか、もはや覚えていないけれど地元の人。卒業以来一度も会っていないし、それどころか在学中でさえ数度言葉のやりとりをしたくらいだったと思う。

へー、そういえばこんな人もいたなと思って、それから、私はある一つのことに気がつく。彼ら/彼女らが今どのように暮らしているのか、何を考えているのか、どのような仕事をしているのか、何も想像ができない。わからないのは当然のこととして、想像さえできないということに気がついて愕然とした。

私が通っていた中学校は、田舎の公立中で、私立中学など一校もなかったから受験の余地などなく、近隣の複数の小学校からもれなくエスカレーター式で入学することになる。そのため、必然的にさまざまなバックグラウンドを持った生徒が集まる(と思っていたけれど、そのバックグラウンドすら実は多様性なんてなかったのではと最近では思い直している)。
その中学校の生徒の7割は地元の高校に進学して、就職するか専門に行く。

そうして、地元で働くか、県庁所在地のある街で働くかする人が大半。
ではその人たちがどのように暮らしているのか、と考えたときに全く想像が及ばない。どうやって仕事に行っているのだろうか、どのような仕事についているのだろうか、家は実家なのか、新居を建てたのか、賃貸なのか、そうであればどのような間取りなのか、子供はいるのか、配偶者とはどこで出会うのか、仕事を終えた後にはどのようなことをして過ごすのか、普段よく話している話題はどのようなものなのか、季節の移り変わりに何を感じて、好きなアーティストは、画家は、作家は、そのすべてに想像が及ばない。

それはそうだという感じであるのは当然といえば当然で、完全に自分が関与しなかったコミュニティがどのような価値観をもって生きているのかなんてわかるわけないし、思えばべつにあの町で暮らしていた中学生の時だって、誰のことだって、誰一人だってわからなかった。わからなかったし、わかろうとしなかった。そしてわかるための努力をすることが本当につらかった。当時彼らが夢中になっていたものに、私は夢中になれなかった。

だから、わからないことは当然だ。あのときわかろうとしなかったのだから、時間を経て少しそちらのほうに気持ちを飛ばそうとしたっててんで見当違いな方向にしかいかない。

たとえ表層だって、わかろうとおもわなければ一生わからないままだし、別に今の私はわかろうとは思っていないから、やっぱりずっとわからないままなんだろうと思う。あるいは、ずっと地元にいたら、努力とは関係なしにわかることもあったかもしれないけれど、早々に「外」にでてしまったし、そうしないと死んでしまいそうだったから、こればかりはどうしようもない。

なんだか、いつの間にかずっと遠いものになってしまったような気がして、その備忘として。