2016-08-02

蝉時雨にさす傘だと言って、店主が件の傘を私に押し付けてきた。見た目は普通の青い日傘で、持ってみるとそれは私が普段使っている傘よりいかばかりか軽いような気がした。

「蝉時雨には傘をさしませんよ」と笑うと、まあそれもそうだな、とあっさりと店主はわたしから傘を取り上げた。

思ったよりもずっと素直に手を引っ込めたものだから、思ってもいないのに「あ、まって」と口から声が出ていた。「なんだい」と店主は意地悪そうに口の端をあげて気になるんじゃないか、と再び差し出してきた。

広げてみてもいいですか、と聞くとああ、とぞんざいに頷いた。

広げてもやはりただの日傘にしか見えなかった。しかし、グラデーションになっていて、傘の芯の部分は薄い青色、端になるにつれて濃い青になっていた。蝉時雨に差す傘だとは思えなかったが、それをのぞいてもいい傘だと思った。

 

いくらですか、と言うと、店主は普通の日傘の値段を答えた。

帰り際、「これ、普通の日傘ですよね」と意地悪く私が言うと、はて、ととぼけて返事をしなかった。