家族の肖像

今これを最悪な気分で書いているけれど、それならば書かなければいいって言うけれど、せめてこんなところに書かなければいいって言うけれど、違うんだよ、人の目に触れなければ意味がない。人の目になんか触れてほしくないし、何一つ見てほしいことなんてないし読んでほしいこともないけれど、ああ、それでも書かなければいけない。大嫌いなのは、家族だ。私は、私の家族が、大嫌いだ。嫌いだから、何もかも彼ら彼女らと違う価値観を身に着けて生きたら余計にあの場所で生きにくくなった。それでも私は「いい子」だし、そのことを背負って生きることを決めていたので甲斐甲斐しくたまには訪れる算段を組んでいるし、そうしなければ家族が飢えるのならお金だって必要分を送ろう。「いい子」だから。家族の肖像を壊したのは、多分私だ。壊したいとずっと思っていたような気がする。休日は気が重かった。友人との付き合いも面倒だった、いや、この言い方も違う。友人と呼べるものたちと関係を築くことができず、一人で外を歩いていた。冬はあまりに寒く夏はあまりに暑かったから、だから父が外出するとほっとした。出かける時に誘われることはなかった。なかった、と思う。もしかしたら断っていただけかもしれない。覚えていない。一度だけ、一度だけ、映画を見に行った。ハリーポッター。第二作目。一作目は原作を読んだか、テレビで見た。私の知る父はあまりああいうものを見るような人ではなかったはずなのに、どうして。帰り道、車の中で母に対する愚痴を言っていた気がする。どうだろう、違うかもしれない。いずれにせよそこでろくに話そうともせず目を見ようともしなかった。こうやって私は肖像を壊す。家族に対して距離を測りきれずに、少し触れればぱりんと割れる。こうやって書き出していても何も思い出せない。何も。何も。母は家から出ることがあまりなかった。自営だから家を空けることができなかった。お客さんの声が店から聞こえてきたら安心だ。しばらくこちらには来ない。「後を継げ」とは彼女は言わない。代わりに「墓を守れ」と彼女は言う。その言葉を聞くのが怖かった、嫌いだった。呪いだと思った。どうしてそんなに自分が死んだ後のことを気にするのか、死んでなお土地に縛り付けようとするのか。その言葉を聞くたびに耳をふさぐように曖昧に笑って、二度頷いた。いつのまにか曖昧にしか笑えなくなった。だから家を出た。しばらくしたら父も家を出て行ってしまった。そのあと体調を崩した母はまともに働くことが叶わなくなった。なにもかもが私の上にのしかかってくる。そんな状況もたぶん私なら曖昧に笑ってやり過ごすことができる。最悪だ。やり過ごしたくなんかない。無理だと泣き叫んで、すがる場所なんてどこにもないのに、釈迦は糸を垂らしてくれないのに、それでも縋りたい。家族の声の届かない、誰が生きても誰が死んでも、気がつかない場所へと私は行きたいのに。それをしないことを私は知っている。できないことを知っている。「いい子」だから。「いい子」であるという呪いをかけられている。最悪だ。こんなことなんて考えたくない。人間のふりなどしていたくない。家族の肖像を触れるたびに割ってしまう私は、修復するたびにその手を血で染めて、その手でまた直そうとするものだからどんどん絵は原型から遠ざかっていく。赤く染まる。黒くなる。そうして、見えなくなる。最悪だ。私は家族が嫌いだ。そんなことを考えてしまう自分も大嫌いだ。

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