つま先で地球儀を転がす

地球を転がすということをやってみたいので地球儀をどこかかしらから仕入れたい。私のところに来た地球はあわや無残にも自転速度もめちゃくちゃで、公転なんかしない。地軸の傾きも23.5°だったり明日には31.4°になっていたりする。その地球に安寧は訪れない。不規則に影だって落とされるし。一瞬で生態系も変化する、というか生物が活動できる環境じゃないだろうな。

 

夜の街で入ったお店は人がいなくて、人がいないから声がよく響いた。人がいないのにさらに人がいない2階席を希望した。適切な距離感で相対するように座って、ひとりは何も頼まず、もうひとりは少しだけ飲み物と食べ物を頼んだ。

人がいないから、声を潜めて話した。声を潜めて話したら、なにを話しているか聞こえなかった。相手の唇の動きだけを見て適切な瞬間を見計らって「うん」と相槌をうった。途中から4人連れの中年女性の集団が来てもっと声が聞こえなくなった。いよいよ相槌を打つことも諦めた。頼んだ飲み物と食べ物は美味しかった。

金木犀が香った。自分から香るものか、街に充満する香りなのかはわからなかった。実際興味はなかった。

金木犀の香りにつられて思い出話をする人が多い。運動会が、通学路が、初めて知った植物の名前が。とくに金木犀について思い出がない。けれども好きだし、この夜のことを思い出としてもいいのかもしれない。