2015-07-23

だいじょうぶだよ、かあさん、大きくなったら、ぼくが世界中に連れていってあげるから。そして、母の手をとって踊る。音楽は、もちろん、ワルツだった。くるりと大きく輪をえがいて一回転するたびに、息子はひとつひとつ世界の都市の名を母親にささやくのだが、最初に彼の口をついて出る都市の名は、ミラノでもローマでもなくて、オーストリアの首都ウィーンだったのを、緑の葉が風にそよぐ並木の街角で私は思い出していた。

須賀敦子トリエステの坂道』新潮社)