2018-09-03

お元気でしょうか、と文字を並べてみる。
この言葉は、届くのかもしれないし届かないのかもしれない。届けようと思えば、住所だって知っているし、メールなんかを送ってもそれはやっぱり届くのだろうと思うのです。

お元気でしょうか、だんだん夏が好きなようになってきた、と言っていたけれど、今年の夏も変わらず好きでいられたでしょうか。とても暑くてまいってしまうような日々で、身体の弱いあなたが倒れていないといいのですけれど。

お元気でしょうか、と書くこの言葉はその意味以上にずっと深く届けばいいと、無責任に思っています。

 

夏は永くて、秋はゆっくりで、この秋がどうか秋らしいものであればいいと願っています。そうすればきっと、あなたは元気でいられるのだから。

 

葬送のように、言葉を書くことが増えたように思う。

それならば、送っているのは何なのだろうかと考えるけれど、その実、何も送っていないのかもしれない。なにも失っていないのかもしれない。

失ったふりをすることで楽になろうとしているのかもしれない。

もし、そうなのだとすれば、私は楽になってはいけない。苦しんで苦しんで、救済なんて求めずに苦しむために苦しむことが必要なのだ。

2018-08-28

これから先、運が良ければ、何十年と生きて、何十年分の世界を見て、価値観を構築して。

きっとそれは、時間をかければかけるほどに他人とかけ離れていく。たとえ起点が同じだとしても絶対に重なるのはその数瞬だけで、その先、どのようにあっても乖離は広がっていく。

そんななかでわかろうとするのは、あまりにも莫迦らしいことなのかもしれない。時間を追えば追うほどに、遠くなっていくのに、今この瞬間が一番近いかもしれないのに、それでもわかろうとするなんて。

「理解」が「乖離」を上回ることはあるのだろうか。

2018-08-13

夢を見た。

屋上の庭。

緩やかな色彩で、パステルよりも鮮明で、それと同じ名前の香水をまとって、その庭だけでは自由でいられた。

 

とても薄情だけれど、死んだ人のことなんてどうでもいい。それも知らない人ならなおさら。「とても薄情」という言い訳を付けたけれど、これだって本心だとは思っていない。そのように有りなさい、そのようにあるはずだと、教育と、その過程で得た一般的な思考の一つであって、一皮むけば、その先には薄情ともなんとも思っていない自分がいる。

生きているものしか私にとって大切ではない。死人に時間を奪われてたまるか。あったはずの家族を奪われてたまるか。私の生きる時間を一秒だって、与えてたまるか。ずっとそこで寝ていてくれ。

 

2018-08-12

夏という季節から遠ざかっている。

星を見上げても、ここからではあまり見えないし、窓を開けるには暑すぎる。アイスはあまり得意ではないし、手持ち花火は禁止されている。職場までは駅直結で行けてしまうから地上に出る機会もない。

夏、夏というとどうだったかな、もう少し暑さ以外の要素があったと思う。例えばお盆の季節に集まる親戚だとか、家の庭でやる花火とか、町内会でやるような縁日だとか、流星群を見てみたり、がむしゃらに遠くに行ってみたり。

東京に来てから、すっかり夏を見失って、エアコンを効かせた涼しい部屋で過ごす時間がずっと増えた。

帰省もしなければ、なかなか遠出もできない。できればそういう夏は今年までにしたい。まだ、やりたいことはたくさんあって、いってみたい場所はたくさんあって、眺めたい星空はほんとうは今この頭上にある。

 

祭り囃子が、遠く聞こえる。夏を一つ、みつけた。

2018-07-16

列島が暑い暑いと声高に言って、そのとおりまさにうだるような暑さで、少し顔を上げればアスファルトに陽炎が見える。

人の作ったものにたくさん触れた、思いのようなものにもたくさん触れた、ような気がする。こういうときに「触れる」という語彙を使うのは違うかもしれない。「心に触れる」みたいなことが実感としてわからない。それをより近い言葉で表すとしたらなんだろう。実態に即すのであれば「話す」だけれど、それよりかはもう少し、表層より深い部分。

 

 

2018-06-24

全世界的にUFOの日。

イリヤの空、UFOの夏』など読みながら、ぼんやりと一日を過ごす。この本を初めて読んだのは確か中学生の時で、その内容の重さに一度読んで、数年は読み返すのが怖くなってしまった本。

2回めに読んだのは確か高校に入ってからで、大学入学後にはさらに何度か読み返した。今も、この時期になるとやっぱり読み返してしまう。

 

手紙を書いた。

旧い友人にだ。結婚したというからメッセージをということだったけれど、ずっと会っていないその人に何をどのように書いたらいいのかわからなくて、それでも幸せなら嬉しいと、短歌を送った。

 

万年筆を溶かした。

正確には万年筆のインクがしばらく使えていないうちに固まってしまってでなくなったから、中で固まったインクを溶かした。水の中で深い藍が広がって、色を染めていった。それは絹が舞うときのように美しい曲線を描いていたけれど、でも万年筆は使ってあげたいから、こうならないように気をつけよう。それにしても美しかった。

美しかったから、そのまま手紙を書いた。